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成田慎のレバノン潜入記2

プレスが入れる南限の街

スールの遺跡スールは遺跡の街でもある。崩れた石柱やコロシアムが街の中心部にあるが、崩れているのは遺跡だけではない。街の中心部、郊外共に、爆撃を受けて瓦礫と化した建物が多くある。
もともと、スールは遺跡と共に、マリンレジャーなどを楽しめる観光地だった。海に突き出た半島部分に宿泊施設やレストラン、レジャー施設があり、戦争が激しかった7、8月は本来なら観光客で賑わったことだろう。
しかし今は、商店は軒並み店を閉め、スーク(市場)は閑散とし、道には砕けたガラスが散らばっている。道行く人々の数は少なく、たまに通る車は攻撃されまいと猛スピードで走り去る。
こういう場所で、儲かる商売などあるのだろうか。・・・実はある。それは、プレス関係が泊まるホテルや、怪しげな自称通訳、ドライバー、ガイド達だ。
僕達は、CNNやロイターなど、大メディアが拠点にしているホテルに泊まる事になった。しかも、満室なのでロビーで雑魚寝という条件だ。それで一泊50ドル。それぞれに不満はあったが、今夜だけはとりあえずここに泊まる事にした。

スールの半島から見た、レバノン南部の爆煙長距離の移動さえ終われば、後は同業者と共に行動する必要はない。自然、僕達3人はそれぞれ別行動を取った。僕は、街をうろつき、崩れたビルや赤十字病院、この街にもあるパレスチナ難民キャンプを取材した。
スールの半島は西に突き出ている。そして半島の南岸からは、地中海に面したレバノンの海岸線が見渡せる。その海岸線はいずれイスラエル領としての海岸線になるわけだ。距離にしてここから約20km先に、その国境線があるはずだ。そんな事を思い出しながら海岸線を眺めていると、あちこちから煙が吹き上がっているのに気がついた。爆撃の音はスールに着いた時から聞こえていたが、爆撃地点までは分からなかった。今こうしてみると、なるほど、南部が集中的に爆撃されていると言うのは肌で実感できる。
僕はその煙を見て、なんとかあそこまで行けないものかと思い始めた。ホテルで海外メディアの連中に聞いた所では、ここより南には、何人たりとも行けないと言う。イスラエル軍によって、昼は無人偵察機が常に上空を旋回し、夜は攻撃ヘリ「アパッチ」の監視が続いている。街の中に限った移動ならまだしも、街から街への移動は目に付く。そしてそういう長距離移動者は、すべてヒズボラの関係者とみなされる。で、ヒズボラとみなされたが最後、爆撃の犠牲となる。  これは決して大げさな話ではない。しかし、目視でも地図による確認でも、20kmあるかないかぐらいの距離なのだ。昼間どうどうと歩いていれば、撃たれはしないだろう・・・。僕はそう考え、翌日歩きで最前線に行く事を決めた。

早すぎた?線引き

撮れるのは破壊後の写真ばかり 翌8月12日の朝、僕は他の三人(先にスール入りしていた、別のカメラマン氏が加わっていた)に別れを告げて、全ての荷物を背負ってホテルを出た。恐らく彼らは「無茶なことをする。どうせ無理だ」と思っていたに違いない。僕自身、どこまでいけるのか見当がつかなかった。
しかしこのスールにいても、仕事にはならないのも確かだった。それは誰もが知っていた。いくらスール市内にも爆弾が落ちているとはいえ、範囲は広い。それに、この頃は街の中心部に落ちることは少なかった。つまり、決定的瞬間と言える写真は撮れないのだ。

この少し先までは歩いたが、その間無人偵察機の音が鼓膜にこびりついていた こんな風に言うと、「戦争取材とは、戦闘が、最前線が全てではないだろう」という反論が聞こえそうだ。確かに、難民キャンプや病院、戦時下での市民の暮らしぶり、デモ、それらも重要な要素ではある。
しかし、僕にとっては戦闘が最優先なのだ。それが難しければ、爆撃地点。それ以外は後からでも撮れる。まずは戦闘行為が終わらないうちに、なんとか現場に潜り込みたい。それが今現在の、僕の考えだった。
ただし白状すれば、今まで僕は本当の意味での「戦闘地域」「最前線」に立った事はない。これは、僕の強烈なコンプレックスになっている。
とにかく、僕は悲願を達成すべくホテルを出て、そのまま海岸線に沿って南下し始めた。すると、すぐに上空から無人偵察機の音が聞こえてきた。見上げても、何も見えない。ただ音がするだけだ。そして恐ろしいのは、まるで自分の真上を旋回している気がしてくる事だ。
まさか自分が・・・とは思った。しかし十分、二十分と歩いても音は消えない。周りは見通しのいい一本道で、僕は右に海岸を見て歩いている。この状況では、もし上空から僕を見ているとすれば、間違いなく一挙手一投足がはっきり分かるだろう。
まさか、まさか、と思いながらも、ひょっとして・・・という疑心は強くなる一方だ。そしてとうとう、スールの街の端にまで来てしまった。そこから先は、本当に何もない一本道だ。人っ子一人歩いていない。
ここまで来て、僕の足はぴたりと止まってしまった。まだ2キロほどしか歩いていないというのに。しかしどうしても次の一歩が踏み出せなかった。周りの爆撃音がいつもより大きく、近くのように聞こえ、自分の真上にミサイルが落ちてくるのも時間の問題だと思えた。
一方で僕は、暫くの間引き返す事もできなかった。今帰れば、間違いなく後で自分を責める事になるだろう。残った三人にも顔向けできない。僕は凍りついたまま、道の真ん中に突っ立っていた。しかしそれも、わずか数十秒の事だったかもしれない。結局、僕は前進ではなく、後退を選んだ。その時の僕は、この真っ直ぐな道が、死へ続くのだと完全に思い込んでいたのだ。
ただし、今の僕はこの時の自分を、それ程責めてはいない。「後々悔やむに違いない」と思っていたものの、その後仕入れた様々な情報で、やはり無謀過ぎる行動だったと考えを変えたからだ。


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