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川尻達也・石田光洋

川尻達也(かわじり・たつや)
川尻達也(かわじり・たつや) 

総合格闘家。1978年5月8日生まれ、28歳。茨城県出身。T-BLOOD所属。第8代修斗ウェルター級チャンピオン。 "クラッシャー"の異名をとり、修斗を代表するテイクダウン&パウンダーとして活躍。2000年のデビューでは中山巧(現タクミ)に破れたが、一年間の肉体改造を経てからのプロ修斗戦績は、18戦14勝(7KO・4S)2敗2分と連勝中。2006年6月のPRIDE武士道-其の十一-ではチャ−ルズ・"クレイジー・ホース"・ベネットから一本を奪った。

1999年、第2回東日本アマチュア修斗選手権 ウェルター級 優勝。
2004年、第8代 修斗ウェルター級チャンピオン。

石田光洋(いしだ・みつひろ)
石田光洋(いしだ・みつひろ) 

総合格闘家。1978年12月29日生まれ、27歳。茨城県出身。T-BLOOD所属。第2代修斗環太平洋ウェルター級王者。高校時代からレスリングを始め、2001年7月に修斗プロデビュー。プロ修斗戦績は、12戦9勝(2KO)2敗1分と安定して連勝中。PRIDE武士道-其の十一-では、ライト級王者・五味を破ったアウレリオと対戦し判定勝利。レスリング仕込みの絶対に切ることができないねばり強いタックルから"ダイナモタックラー"とも呼ばれている。

1999年、第6回アマチュアリングス 70kg級 優勝。
2000年、日本アマチュア修斗選手権ウェルター級 3位。
2002年、全日本コンバットレスリング 74kg級3位。
2006年、修斗環太平洋ウェルター級王者。

がんばれるのは環境のおかげ!

がんばれるのは環境のおかげ! Tシャツにハーフパンツ姿で現れた彼らは、一見どこにでもいるような普通の青年だった。川尻達也と石田光洋。同門で同い年、そして同じ階級に属する ふたりは、ともにデビューより連勝を重ねる格闘技界の未来を担う若き実力者である。鋭い眼光を放ち、歯を食いしばって戦うリング上の姿とはうってかわ ってリラックスしているふたりの様子は、なんだか新鮮なものであった。

川尻 「やっぱりこの場所が落ち着くんですよね。東京って怖いじゃないですか。みんな早足で歩いてるし、変な人も多くないですか?」
石田 「そうそう、家族も仲間もたくさんいる茨城だからこそ、トレーニングに集中できるんだと思う。」
川尻 「それに茨城って昔から空手や柔道、レスリングが盛んなんですよ。桜井"マッハ"速人さんとか桜井隆多さんとか、尊敬できる先輩もいるし」

自然の中で親しい人たちに囲まれ、伸び伸びとストイックに強さを追い求めることができるこの環境こそが彼らの連勝の秘訣なのかもしれない。

強さへの憧れと格闘技との出会い

強さへの憧れと格闘技との出会い

石田 「小学校の時からプロレスは好きでしたね。中学までは野球少年。とにかくスポーツが好きでした。高校でレスリングを始めて格闘技のおもしろさに目 覚めましたね。卒業後は専門学校を出て板前の修業をしていたんだけど、やっぱり格闘技がやりたいって東京に行くことにしたんです。新聞配達をしながら ジムに通ってました。しばらくしてまた茨城に戻ったんですけどね。」
川尻 「僕は中学生の時、K-1を見てていきなり『佐竹を倒そう』って思ったんですよ。卒業文集にも『打倒佐竹』って書いてた。憧れもあったし、それを越 えたいって感じた。それで高校では空手をやろうって心に決めてね。でも入学した高校に空手部がなくて、しょうがないから陸上をやったんです。ハマりや すい性格なんでけっこうがんばってましたよ。中距離やってました。で、高校卒業してから『そういえば佐竹倒してなかったな』って思い出した。そこで知 人にジムを紹介してもらってTOPSに入ったんです」

このTOPSでふたりは桜井"マッハ"速人、桜井隆多指導のもと、めきめきと頭角を現していく。良き練習相手でありライバルであるふたりの関係はここ から始まった。

現在の強さを支える下積み時代

現在の強さを支える下積み時代トレーニングを積み、試合に出るようになっても格闘技の世界は厳しい。駆け出しの新人がファイトマネーで食べていくことなんてできないのだ。毎日厳 しい練習をこなし、かつアルバイトをする生活が続く。

川尻 「バイトは色々やりましたよ。ファミレスのウェイター、プールの監視員、宅配便の荷分け、ゲームセンター。あれ、なんか屋内の仕事が多いですね。意外とインドア派みたい(笑)」
石田 「僕は東京時代ずっと新聞配達をやってました。午前2時に起きて朝刊配達して寝て、夕刊配って。その合間にトレーニングもして。マンションの階段を走って上ったりと、仕事もトレーニングの一環だと思ってた。暗いところだけはどうも苦手で早足で通り過ぎてたけど」

実はオバケが怖いんです、と大きな目をクリクリさせて石田選手はリングの上とは別人のような照れ笑いを浮かべた。

川尻 「2004年の3月に宇野薫さんとの試合が決まったときバイトは辞めました。もうこの道で食っていこうって決めたんで。まあ実家暮らしだからなんと かなったんですけどね」
石田 「そうだね、僕も茨城に戻ってから洗車や車販売なんかをやっていたけど、最近やっとバイトをしなくてもよくなった。世界のトップレベルの格闘家にち ょっとだけ近づいたかな。でも、いろいろ支えてもらってるからトレーニングに専念できるんですよ。この土地で暮らせて本当に感謝してます」

筋肉のモトはシーチキン?

筋肉のモトはシーチキン?一見すると普通の青年に見えた彼らだが、腕や足を見ればその肉体がいかに鍛えあげられているものかがわかる。逞しく太い上腕二頭筋や堅く引き締まっ た大腿筋は、見ているだけでため息が出るような美しさだ。

川尻 「この筋肉はね、シーチキンでできているんですよ。先輩に教えてもらったんだけど、あれは良質なタンパク質がいっぱいで体を作るには最高なんです。 5年前から食べていますよ。僕、日本で一番シーチキン食べてる男かもしれない(笑)」
石田 「僕も川尻君に聞いて食べてみたけど続かなかった。5年も続けてる彼はすごいですよ。でも僕も朝は卵、夕飯には鶏肉を必ず食べてるんです。あれも 筋肉を作るにはいいんですよ」
川尻 「石田君ってさ、意外と小食なんだよね。大盛りとか食べきれないもんね」
石田 「そうだね。他の格闘家に比べると小食かもしれない。試合のあと、みんなが大盛りで食べてる横で、並盛で食べてるし」
川尻 「でも食べるのは楽しみのひとつではあるよね。茨城では基本的に車を運転しなきゃいけないからお酒もほとんど飲まないし。食べたいものを食べたい だけ食べて、あとはひたすらトレーニング。健康的でしょ? 日曜日は息抜きの日にして、一日寝まくったりビデオを観たりする。とにかく練習、練習って 自分を追い込んでしまっていた時期もあったけど、息抜きをちゃんとするっていうのがストレスをためないコツなんだってわかったんですよ」

30歳を目前とした若者といったら普通はもう少し迷いや甘えがあるものではないだろうか? しかし彼らにはそのようなものはまったくない。世界一の ベルトを手に入れるという唯一の目標に向かってただひたすらに自己を鍛えあげているふたりは、とても強い人間である。

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関連サイト
「川尻達也の筋肉日記」:http://blog.livedoor.jp/crusher1214/
「石田光洋のタックル日記」:http://blog.livedoor.jp/topsishida/


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